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zoom RSS バナナの形のクルマ?東京コンクール・デレガンス2009その3

<<   作成日時 : 2009/04/20 20:33   >>

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六本木ヒルズ52階の東京シティービューでは、2009年3月20日から4月12日にかけて、東京コンクール・デレガンス2009が開催された。
東京コンクール・デレガンス2009オフィシャルサイトはこちら

展示スペース内の様子をレポートする。
展示車は年代が古い順にクラスA〜Dに分類されているのだが、展示はクラスD〜Aの順番で行われている。
今回はクラスCの展示車を紹介する。

クラスC:1946〜60年
テーマ「Postwar Classic:紫電一閃」
【紫電一閃:しでんいっせん】「紫電」は研ぎ澄まされた刀、「一閃」は稲妻や光が一瞬輝くさま。
転じて、物事が一瞬にして急激に変化する様子のこと。第二次世界大戦終了直後に、自動車ボディはそれまで独立していた前後フェンダーがボディに一体化される一方、量産を見越したモノコック化の波にさらされる。
潮流が大きく変化したこの時期には、世界中の自動車デザイナー達が新時代の覇権を狙って、続々と新テーマに挑戦した。

フォルクスワーゲン ロメッシュ・ベースコウ・カブリオレ(1956年)

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1924年にベルリンで開業したロメッシュ・カロッセリー社は、戦後ベルリンの壁によって分断されるまでの短期間のみ活動した幻のコーチビルダー。
デザインを担当したスタイリストの名前から”モデル・ベースコウ”、あるいはその曲線的なスタイルから北米では
”バナナカー”とも呼ばれたこのモデルは、木骨製の木型からアルミ外板を叩き出してフォルクスワーゲン・ビートル
のシャシーに組み合わせるという伝統的手法で手作りされていた。1950年に地元ベルリンのモーターショーに出品。
そしてこのときの成功に自信を得て、翌年からの限定製作が決定された。
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マセラティ A6G 2000クーペ(1951年)


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マセラティA6G2000は、創立以来純レーシングマシーンの製作に専念してきたマセラティが、初めてロードカーに
移行した時期の作品。
マセラティ兄弟が最終期の作品として残していったレーシングスポーツ用の直列6気筒SOHC1,978ccのエンジンをディチューンし、ピニンファリーナを筆頭とする当時の名門カロッツェリアたちが架装したエレガントなクーペ/カブリオレボディに搭載するという、非常に贅沢な内容のグラントゥリズモだった。
生産台数はピニンファリーナ製9台、フルア製6台、そしてヴィニャーレ製が1台の総計16台のみ。
今回の出品車は、そのわずかな1台のみのヴィニャーレ製クーペである。
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アバルト 207A(1955年)


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アバルト207Aは、経営破たんしたチシタリア社をカルロ・アバルトが引き継ぎ、自らの会社を興した創成期の作品。
自製の鋼板フレームに、フィアット1100/103用コンポーネンツを高度にチューンして搭載した、純粋なレーシングスポーツである。
1955年から製作された207Aは、戦前・戦後を通して活躍したイタリア人スタイリスト、マリオ・フェリーチェ・ボアーノ
が独立して興した会社”カロッツェリア・ボアーノ”社製のバルケッタボディを持つ。
当時の自動車デザインにも大きな影響を与え、今なお「アバルト史上最も美しいモデルの一つ」と賞賛されている。
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フェラーリ 166インテルクーペ(1950年)


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1947年に”ティーポ125S”として記念すべき第一歩を記したフェラーリ市販モデルは、翌1948年には166シリーズへと進化する。
166インテル(Inter)は、そのロードカー版グラントゥリズモで、当時のイタリアを代表する名門カロッツェリアたちが、こぞってエレガントなボディを架装した。
特に、今回出品された美しいクーペを製作したカロッツェリア・アルフレード・ヴィニャーレは、新進気鋭のスタイリスト、ジョヴァンニ・ミケロッティとのコラボレーションで、創業当初のフェラーリのボディを数多く担当、当時のコニサー(目利き)たちから高い評価を得ていた。

ベントレー マーク4 ドロップヘッド・クーペ(1949年)


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第二次世界大戦が終結した翌年、1946年にデビューしたベントレー・マーク4は、ロールスロイス/ベントレーにとって歴史上初めてとなる自社製の全鋼製4ドアサルーンボディが標準指定されていた。
しかし、創業以来の伝統に則ってボディのないローリングシャシー状態での販売も行われ、”特別なベントレー”を望む顧客のリクエストに応じて当時の名門コーチビルダーたちが競って美しいボディを架装した。
今回出品されたエレガントなドロップヘッド・クーペは、今は無きコーチビルダー、英国のアボットがただ1台のみ製作したものである。

左:フェラーリ 166インテルクーペ(1950年)
右:ベントレー マーク4 ドロップヘッド・クーペ(1949年)
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その4へ続く。

2007年に行われた前回(東京コンコース・デレガンス2007)のレポートは下記を参照。

1億9900万円のクルマ 東京コンコース・デレガンスその1


日産 R 390 GT1ロードバージョン  東京コンコース・デレガンスその2


ここにもR35GT-Rが! 東京コンコース・デレガンスその3

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マセラティ A6G/2000 スパイダー 1956
マセラティ A6G/2000 スパイダー 1956 ( Maserati A6G/2000 Spyder 1956 ) イタリアのスポーツカーメーカー「マセラティ」のA6G/2000、スパイダー(オープンカー)モデルです。 マセラティのA6シリーズは、マセラティの初の一般向けのスポーツカーです。 1947年に製造が開始されました。 最初のA6シリーズがA6/1500です。 イタリアで著名なカロッツェリア(乗用車のデザイン・製造を行う業者)である、ピニンファリーナなどが架装する特注ボディに、直列6... ...続きを見る
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