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zoom RSS 世界が探していたワンオフ車。東京コンクール・デレガンス2009その2

<<   作成日時 : 2009/04/18 20:14   >>

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六本木ヒルズ52階の東京シティービューでは、2009年3月20日から4月12日にかけて、東京コンクール・デレガンス2009が開催された。
東京コンクール・デレガンス2009オフィシャルサイトはこちら

展示スペース内の様子をレポートする。
展示車は年代が古い順にクラスA〜Dに分類されているのだが、展示はクラスD〜Aの順番で行われている。
今回はクラスDの展示車を紹介する。

クラスD:1961〜75年
テーマ:「Modern Classic:不羈自由」
【不羈自由:ふきじゆう】何者にも束縛されない、自由な状態。転じて、才気があまりに奔放で優れているため、
常軌では律しきれないさまを示した言葉。
1960年代以降、巨大産業と化した自動車業界では、コスト高騰やベース車のモノコック化によって以前のように
贅沢なハンドメイドはほぼ許されないものとなった。そんな中、ごく少数の高級車とスーパーカーには、新時代のトレンドが投影された自由なデザインが許された。

フェラーリ 250GTE 2+2 400SA(1960年)


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フェラーリ 250GTE 2+2は、250GTシリーズ唯一の2+2として1960年のパリ・サロンでデビューした。
量産フェラーリとしては初の本格的4シーターモデルでもあった。
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今回の出品車は、デビュー以前からエンツォ・フェラーリ本人がテストを兼ねて愛用。
一時期は4リッターエンジンを試験的に搭載し、”400SA(スーパーアメリカ)”のテストカーに転用され、400SA
としてのシャシーナンバーも与えられるという数奇なヒストリーを持つ。
一昨年フェラーリ社のクラシック部門”フェラーリ・クラシケ”でレストアを受け、現在の素晴らしい美しさを獲得した。
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フェラーリの腕時計も展示されている。
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アストンマーティン DB5サルーン(1965年)


DB5はアストンマーティンにとっての黄金期であるデヴィッド・ブラウン時代を代表する三部作であるDB4・5・6の中でもその完成度の高さから最高傑作とされているモデル。
ボディはイタリアのカロッツェリア・トゥーリングのデザインで、アルミボディの架装も同社のスーパーレッジェーラ方式
とされた。
このクルマにとって一番有名なエピソードは、映画007「ゴールドフィンガー」と「サンダーボール作戦」に出演、
”ボンドカー”の草分けとなったことだろう。
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最新のアストンマーティンであるDBSと共に。
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ランボルギーニ 400GT 2+2(1967年)

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350GTのV12、3.5リッターエンジンをスケールアップして4リッターとし、2+2のボディを架装したモデル。
ボディは350GT時代と同じカロッツェリア・トゥーリングの作であるが、ディテールの変更により、さらに洗練された。
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ランボルギーニ社社主フェルッチオの意思により、モータースポーツに出場することなくロードカーのみの体制に絞ったランボルギーニの代表的な初期モデルである。1966年から1968年の間に約260台が生産された。
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マセラティ ドゥエポスティ スパイダー(1965年)


マセラティ3500GTの後継車として1963年に登場したドゥエポスティ(英国市場では”ミストラル”と呼称)は、
ピエトロ・フルアのデザインと製作によるロングノーズ、ハッチゲート付ファストバックの2シータークーペ。
それまでのマセラティには無かったアグレッシブな雰囲気を湛えており、この作品を「最も美しいマセラティ」
と称える愛好家も少なくない。
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生産台数は約820台に上るが、そのなかでもわずか120台がフルアの手でスポーティかつエレガントなスパイダー
に仕立てられた。今回の出品車はその貴重なスパイダーの1台である。
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ミケロッティ マトラ・レーザー(1971年)


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”プリンス スカイライン・スポーツ”や”日野コンテッサ1300”のデザイナーとして、日本とも縁が深かった
イタリアのミケロッティが1971年に一品製作したデザインスタディ(習作)。
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この年のジュネーブショーにおいて、ミケロッティのデザイン力をアピールするコンセプトカーとしてデビューしたのち、外観に若干のモディファイを加えた上で、翌年のモントリオール・オートサロンにも出品された。
その内容は、フランス製ミッドシップスポーツカー、マトラM530のコンポーネンツを流用して、専用のボディを架装したものである。
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長い間行方が分からず、世界が行方を捜していた伝説のワンオフ車である。
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その3へ続く。

2007年に行われた前回(東京コンコース・デレガンス2007)のレポートは下記を参照。

1億9900万円のクルマ 東京コンコース・デレガンスその1


日産 R 390 GT1ロードバージョン  東京コンコース・デレガンスその2


ここにもR35GT-Rが! 東京コンコース・デレガンスその3

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